真下厚は、「神婚神話伝承の形成」のなかで、1970年代に漲水御嶽伝承について昔話調査を行い、27話を採録している。
真下によればそれは、「娘が出産し子を連れて蛇と再会する、出産再開型とでも呼ぶべき型と、子を流産させる、流産型とでも呼ぶべき型」に分類している。
そして、『宮古史伝』の伝承を従来のものと比較したうえで、「浜下り出産のモチーフの入り込んだ漲水御嶽伝承は『御嶽由来記』などに拠ったのではなく、当時の口承資料に拠ったものと思われる」としている。また、「浜下り由来となるいわゆる流産型の宮古島への伝搬は新し」いとしている。
その流産型においても、おりた蛇の子が「神々、あるいはその使い」となることに真下は、「浜下り由来の話が沖縄本島から伝搬してきたとき、その蛇の子を神として崇めずにはいられなかった宮古島の人々の神への崇高の高さを示していると思われる」、と書いている。
一方、大城御嶽の由来伝承では、女神は若い男とみあいする夢をみて懐妊し、男女二児を生む。父が分からないので、初めて行き会う者を父と定めようと、子供を抱いていくと、山の前の大岩に大蛇が這いかかっている。子供をみると、首をあげ尾をふってよろこび躍るような風情にみえたので、これを父となした。これより狩俣邑はじまり子孫栄える。
真下は、ここには苧環型のモチーフもみられず、古型に当たるだろうとしている。
ところが漲水御嶽が平良という一大政治勢力の拠点で文化的に開かれた地にあったため、伝搬してきた「蛇聟入〈苧環型〉」の話型によって大きく変容し、新たなる伝承として定着し、さらには近代にいたって村芝居という新し刺激を受けて成長・展開をとげたと考えられるのである。
真下が採録した27話のうち世間話として除外された1例を除く26話の分布を整理してみると、
出産再会型 4
流産型 22
・浜下りの由来 15
・おりた蛇の子が近在の御嶽の神となる 3
・片目の蛇を語る 4
となっている。つまり、42%は神が蛇由来のものであることを語っている。とくに、「流産型」であっても、蛇との縁を切っていないのは、22話中7話(32%)になる。
これを真下は、「その蛇の子を神として崇めずにはいられなかった宮古島の人々の神への崇高の高さ」と書く。そうには違いないが、もっとも重要なのは、神が蛇由来のものであることを消さなかった点にある。そこに心動かされる。