与論島の民俗研究家、野口才蔵は、刺青の左手尺骨頭部の文様について、小原一夫が採取した「アマン(ヤドカリ)」という聞き取りを紹介した後、右手の尺骨頭部について考察している。
右手の同じ部位にあるものを『パピル』という。パピルは蝶や蛾の意で、美人や踊りのうまい人の意にもとれるが、奄美諸島全域に見られるもので、特に奄美大島では、蛾のことを『ハヴィラ』と言う。夜間に光に集まってくる蛾を見ると、死者の化身として恐れられる習慣があり、死人の出た直後は特にその感が強い。この考え方からみれば、与論島に見られる『パピル』は、後世の姿をとるのが妥当ではないかと思う。(『奄美文化の源流を慕って』)
ぼくたちの理解では、入墨自体が霊魂の発生を物語るので、「後世の姿」はその通りだとしても、それは死者の精霊というより、霊魂のことを指すと考えている。
しかし、いままで読み流してきてしまっていたが、驚くことに、野口は右手の尺骨頭部の文様についても理解を届かせていた。それはとても素晴らしいことだ。野口は、与論の場合と限定をつけているが、広く琉球弧に寄与できる洞察だったのだ。それはいまから35年も前に遂げられていた。