「網の呪力」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。
「琉球列島では身近な人たちが死者と共にその蚊帳の中で籠るところがある(p.145)」。これは「内地ではあまり例のみられない」こと。
蚊帳の死者を隠すためというのが要点。ただし、蚊帳は新しいものであってみれば、それ以前があるはずである。
・他人に見せないために死者の周りに筵をはる(徳之島母間)。
・二番座に網をめぐらして、その網に芭蕉布の反物を吊し、その中に死者を西枕にして寝かせた。ユーグミルン(夜ごもり)(今帰仁)。
・夕方死亡してその日に野辺送りができないときは死者に網をかぶせておく(宮古島狩俣)。ダクトマラ(通夜)。
・二番座の空いている方に幕をはる(竹富島)。
蚊帳や網は、喪屋の名残りである。「喪屋は、もともと住居から離れた場所に設けられたのではなく、たいへん近い場所から出発するということで、近い場所、すなわち住居そのもののことである」(p.150)。
網の持つ呪術性は、蚊帳のそれよりはるかに濃厚。
・投げ網の上部に魚が出るような小さな穴(ケンムンの穴)を作る。ケンムンが抜け出るようにしておかないと後でひどい目に会う(大島)。
・ケンムンに会うと灸のあとのようなものができるが、そんなときは網をかぶったら大丈夫(徳之島山)。
網の目が悪霊をさける呪いとなるのは産育習俗のなかにも見られる。
・産明け六日めに、家の入口に網をはった(伊計島)。
・産婦や生児は身体が弱って悪霊(やぶりむぬ)がつきやすいので、網をかぶせておく(与論島)。
網を使う意図は、各島共通していて、当日葬式ができないときなどの場合。悪霊から死者を守ろうという意図があったためだとも考えられる(p.152)。
現在では、ゴミに網をかけて烏除けにしているのが、いま、網の目に不思議な力を感じるとしたら、そういう場面しかない。
日本人にとって蚊帳というのは昔から情緒の深い夜具の一種であった。蚊帳というものは蚊から逃れるための夜具にちがいないが、しかし忍びよる夜の闇のしじまの中で、やわらかく人びとを包み、やがては距てられた者同士を、自他の区別もない一つの心に溶かしてしまうものだ(p.154)。
詩情豊かな導入部だった。