琉球弧では、地の底にある地下の他界の思考は、来訪神儀礼を通じた痕跡としてしか見出せない。そこで、棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』から、地下の他界を持つ種族を探してみる。オセアニアの島々とはいえ、純然たる地下他界を信仰する例は潤沢なわけではないのだが、他界観念に限らずに琉球弧と似ていると感じさせるのは、ニューギニア東部の小島に住むタミ族だ。
タミ族では、長い霊魂と短い霊魂が考えられているが、短い霊魂は死後にのみ身体を離れ、しばらく死体の付近をさまよってから、ランボアムという地下の他界に行くと考えられている。ランボアムは現世と似ているが、現世より美しく完全である。この世と同じように働き、結婚し死んでいく。ランボアムで死んだ霊魂は蟻や蛆になるという。ぼくたちはここで、他界での生活が現世と似ている、あるいは同じだとするところは琉球弧の後生観と似ているのにまず気づくだろう。タミ族の思考の広がりをみるために、彼らの葬法の行動を引いてみる。
死体を家の下、または付近の浅い墓穴に埋葬する。全村が墓の上に立てた小屋の周囲に集まって、飲食しながら8日間くらい宿営する。死者の肉が腐り去ると、死者の骨を掘り出し、岱赭(たいしゃ)で赤く塗り、これを束にして、2~3年家の中に保存してから埋葬する。最後に埋葬すると、墓には厳重に木の垣を結び、植える。しかし、年が経って記憶が薄れると、墓には構わなくなる(p.324)。
墓上の小屋は家が死者のものであった名残りを示すものだが、タミ族はその他に死者に対して埋葬を行い、骨を取り出している。ここには琉球弧と近しいものが現れているが、棚瀬は地下他界の濃厚なメラネシア、ニューギニアを中心に、多くの事例から、原型となる行動の型をこの他にもいくつか抽出している。それは、地下の他界が、原始農耕の種族に現れること、埋葬をし、肉がなくなった後に骨を取り出し、とりわけ頭蓋を崇拝すること。また、死穢の観念が強く死者に対する儀礼が発達し祖先崇拝も行われることだ。
たとえばニューカレドニアの北、ベレプ諸島は地下のなかでも海底の他界を信仰するが、その葬法は次のようなものだ。
浅い墓穴に頭を上にして坐位で埋葬する。頭だけ地上に出しておくこともある。後で頭蓋を取るためである。墓掘り人は穢であるとして、厳重に隔離される。死後一年すると、死体の肉が完全に腐り、頭蓋を取り去って住居近くの各家族墓地の地上に並べる。彼らは祖先の功徳を信じ、墓地である聖域は、犯すべからざる財産で、他人の聖域を犯すことはない。病人を治そうとすれば、まず家族の一人が甘藷の葉を携えて聖域に行き、これを頭蓋に供えて成功を祈る。豊作を願う時もヤム芋の取り入れ前に不作の心配のある時にも、頭蓋に祈る。
埋葬された死体は一年後に頭蓋が取られ家族の墓地に並べられる。墓地は聖域とされ、家族はそこで頭蓋を依り代のようにして祖先崇拝を行っている。また、墓掘り人に対する穢れの観念は、琉球弧とも地続きのもので同じものだと思えてくる。この聖域としての家族の墓地は、琉球弧で言うなら、そのひとつは洞窟だった。
ぼくたちはここに、地下他界に強く結びついた行動として来訪神の儀礼を挙げることができる。先に挙げたタミ族も仮面仮装の習俗を持っていた。秘密結社の成人儀礼で仮面仮装の神を演じたマリンド・アニム族も地下の他界を持っている。
こうして見てくると、原始農耕、埋葬、骨の取り出しと頭蓋崇拝、祖先崇拝、来訪神、死穢と言った行動は、今は痕跡としてしか認められない地下の他界の信仰とともに、しかし地下の他界の観念が希薄になって以降も、琉球弧に強く残ってきているのが分かる。ことに来訪神の信仰と祖先崇拝は琉球弧の宗教観念の二大代名詞と言ってもよいものだ。