『日本語に探る古代信仰』(土橋寛)は、「霊魂(タマ)」といえば遊離魂とばかり理解して、マナという語に代表される霊力・呪力の観念に対する理解がないことへの批判の書だった。
琉球弧から南太平洋にわたる他界の観念と葬法の行動から、霊魂思考と霊力思考をやっと抽出したばかりだから、土橋の論はとても理解しやすかった。この二つの分節化という視点への確信を深める思いだった。しかし、タイラーが霊魂と霊力の二重性を含んだ観念をアニミズムと名づけし、マレットが霊力を強調してアニマティズムと名づけるという展開は、すでに1世紀以上も前から始まっていたのだ。
土橋はこの二つの例を「万葉集」から拾っている。
筑波嶺の彼面此面に守部すゑ母い守れどもたまぞ逢ひける
母はいつも私を見張っていて彼と会うことができないが、二人の「タマ」は逢うことができたというので、具体的には相手の男が自分の夢の中に現れて会ったという意味であり、この「タマ」はアニミズムでいう遊離魂である。
吾が主のみたま賜ひて春さらば奈良の都に召上げ給はね 山上憶良
これは大納言に任じられて帰京することになった大伴旅人に謹上した歌で、「あなたのお力によって、私も春になったら奈良の都に召上げてください」と頼んだ転勤願いの歌。ここでの「タマ」は旅人の霊力を意味する。今でいえば、「誰々のオカゲで」に該当する。
琉球弧では、現在ではこの二つの霊は明確に区別されていない。マブイも人間にのみ当てはめた言葉であれば、すでに動植物とは区別されてしまっている。ただ、「マブイ込め」といい、「セジづけ」ということから、マブイが霊魂を指し、セジが霊力を指すらしいと言えるだけだ。
土橋は琉球弧にも言及している。「おもろそうし」では、白鳥や蝶が、をなり神の化身とされているが、これは元来、神の遊離魂ではなく、生命霊・霊質としての霊魂だろう。身体を離れたマブイは、「その人の肩のあたりでヒラヒラしているのが、ユタの目には見える」というのは、「アニマチズムでいう生命霊の観念で、それが奄美大島のユタの世界には今も生きていることを示すものとして貴重である」。
呪術がやや発達した段階では、その効果を強めるために、言葉の呪力と呪物の呪力を利用する。奄美諸島の与論島では、赤ん坊が生まれると、産婦の母親が青竹の小刀で臍の緒を切って産湯を浴びさせ、それが終わると、用意しておいたカラ竹、阿旦、サァラキ(トゲのある蔓草)を束ねて、赤ん坊の枕許にある机の上に載せ、次のようなユミグトゥ(「ヨミゴト」の南島方言)を唱える。ウラカティ クレェ付(チ)キラン
木ヌムヌ クサグサヌムヌヌ
出(イ)ヂティ 来(ク)ウヌ如(グトゥ)
カラ竹ヌ 節(プシ)々ヌ如 伸(ヌ)ビリ
阿旦(アダニ)ヌ如 島ヌ垣成リ
サァラキニ如 広(イル)ガティ ニギ出(イ)ヂリ
泣キヨオ 泣キヨオ
(お前に対して、位を付けてあげよう。木の精霊、いろいろの精霊が出て来ないように。から竹の節々のようい、成長しなさい。阿旦が島を取巻いて守っているように、島を守りなさい。サァラキのように、広がって成長しなさい。泣きなさい。泣きなさい。)右の「クレェ付キラン」は、霊力を着けてあげようという意味で、「木ヌムヌ」以下がその呪詞であるが、カラ竹、阿旦、サァラキなどの植物を呪物として、それに「寄せ」て成長を促すコトバを並べ立てているのは、古代の寿詞や歌謡に普遍的な「寄物陳思」の原型といえる。
ここでクレェ(位)と言っているのが霊力に当たる。植物の精霊に対する警戒と植物になぞらえて成長を祈願するという植物との同一性が同時に現れているのが面白い。この本では、与論島の事象が三回も引用されていて驚いたが、山田実の『与論島の生活と伝承』は大きな貢献をしているのが分かる。