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土器口縁部の文様(伊藤慎二)

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 カラーで掲載されたものが美しいので、そこから入っていこう。

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 これは勝連半島の先端、平敷屋(へしきや)のトウバル遺跡から出土した線刻石版だ。長さは87cm。伊藤慎二によれば、頭部付近の文様は、「土器の文様と口縁部突起の形態を写したことは明白である」。

 「縄文土器の口縁部突起は、世界の他の先史土器文化と区別する重要な個性」だが、「石版が製作された前Ⅳ期前半(約3500年前-引用者)は、その最初頭の南九州縄文時代後期の市来式土器文化との交流を契機に、貝塚時代でもっとも土器口縁部突起が発達した時期である」。

つまり石板は、同時代の土器口縁部と文様を意識しただけでなく、縄文文化的観念を誇張表現した可能性もうかがわせる。(「平敷屋トウバル遺跡の線刻石板をめぐる謎」(「縄文の力」(別冊太陽 2013)。

 石板頭部と土器口縁部との比較は、下図に整理されている。

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 伊藤は、石版頭部と土器口縁部の文様類似を指摘する前、これに先立ち、蝶形製品と土器口縁部の文様の類似も指摘していた。

蝶形製品の特に上縁部の形態に着目すると、左右対称の波状に角ばった突起部分が連なることが特徴的である。これは、前Ⅳ期の器物と比較すると、明らかに土器の口縁部に酷似する特徴である。(「琉球貝塚文化における社会的・宗教的象徴性」2012)。

 この類似から伊藤が考えているのは、蝶形製品の文様の祖形は土器口縁部の文様であるということだ。

蝶形製品もこの時期に、土器口縁部突起とその直下の口縁部文様帯の意匠を祖形に創出されたものである可能性が極めて高い(同前掲)。

 伊藤によれば、平敷屋の石板の文様も蝶形製品の文様も、その祖形は土器口縁部の文様にあるということになる。しかし、土器口縁部の意匠が多様に変化するのが、周辺の先史文化と異なる「日本の縄文文化の最大の特色の一つ」なのだが、「その意匠を他の器物に転用した例は北琉球以外では未確認である」。これは、「土器口縁部の山形突起意匠に、貝塚文化独自の新たな特別な意味づけを与えて象徴化したことに由来する」。

このような山形突起意匠の貝塚文化における土器から独立した独自の象徴化が、蝶形・獣形製品の多様な発達を促しただけでなく、国内の他地域に比べて極端に遅い貝塚時代後期後半(日本古代併行期)のフェンサ下層土器にまで口縁部山形突起を出現させる要因になったことが推測される。

 伊藤は、土器口縁部の文様に格別な意味を認めている。もちろん、ぼくにはこの文様の意味するところは分からない。ただ、特定の自然物(動物や精霊)を現わしているのではなく、自然の抽象の域を脱していないこと、左右対称であることが分かるくらいだ。ここで、先史島人は、その霊力思考を発揮して、土器口縁部の文様を石板や蝶形製品に転移したのは確からしく思える。

 こう考える伊藤ならでは、ではないだろうか、蝶形製品にしても、これは蝶ではない可能性もあるとも言う。

問題は形の意味です。なぜこのような形のものを作ったのか。確かに蝶にも似ていますが、それだけではないかもしれません。私が思ったのは土器の形や文様の付け方の仕組みと似通っている部分があるのではないかということです。(「先史琉球の土器と社会に関する研究」「季刊沖縄46号」2014)

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(島袋春美「いわゆる「蝶形骨器」について」「南島考古11」1991)

 しかし、ぼくたちの眼にはこれはやっぱり蝶に見える。というか、蝶に似ている。

 蝶形製品については、照屋彩弥香が、「孔(あな)」に注目して考察している。「「真横に孔が通っている」こと自体が重要なのではないか」。

真横に紐を通すことより身体などに密着する形で装飾でき、多少の胴さでも蝶形製品が不安定になることはない。そのため、蝶形製品はたとえば大きな身体的動作を伴う儀礼などの場面に用いられた可能性も考えられる。(「孔からみた蝶形製品の分類と変遷」「南島考古32」2013)。

 とても示唆的な指摘だと思う。ここからは想像の域を出ない仮説だが、蝶形製品を身体に密着させた姿は蝶への化身を思わせる。伊藤慎二は、蝶・獣形製品が、「同時代の遺物の中でも格段に入念に製作された製品である」とも指摘している。多くの研究者が指摘するように、単なる装飾品ではなく、儀礼に関わるものだ。

 素材にもこだわりがあり、多くはジュゴンの下顎骨が使われている。彩色は赤。琉球弧で「赤」といえば、常見純一にならえば、「死」を意味している(「青の島は、間を置いた島」)。ただし、貝塚前期に現代的な意味での「死」は存在しないから、蝶形製品の「赤」は「死」を意味するのではなく、ドリームタイム(あるいは「世」)の表象を指すとしてみる。

 すると、蝶型製品を身にまとうということは、トーテムと一体化して「蝶-人間」という祖先像を出現させることを意味したのではないかという考えに導かれる。土器口縁部の左右対称な自然の抽象という文様には、霊力思考の強い働きが認められる。その左右対称な抽象化された自然を意味する文様は、蝶を象る製品のなかにも転移された。あるいは、蝶として形態化された。このとき、石板や土器口縁部にも現れる三角形を蝶形製品は継承することになる。それはやがて、霊魂観念が発生すると、霊魂の形態として引き継がれてゆき、背守りの形態に定着する。

 こう考えると、ぼくたちは「背守り」の祖形を、「蝶型製品」に見ていることになる。


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