Gゼロというコンセプトを提示したイアン・ブレマーだから、あまりにアメリカ政府に近い立場にいるジョセフ・ナイよりも、アメリカがさらに相対化されている印象を受けた(cf.「『アメリカの世紀は終わらない』(ジョセフ・ナイ)」)。だからといってブレマーがアメリカは衰退すると言っているわけではない。別の面から言えば、ナイの主張は紳士的なので、読んでいるうちにアメリカが実際のアメリカよりも紳士的に見えてくる錯覚を覚えるが、ナイの主張にはそういった感じはしなかった。ナイの議論は冷静で多角的だけれど、それ以上にブレマーの議論には風通しのよさがある。たとえば、
今の若い世代は冷戦を知りません。親世代や祖父母世代と違い、こうした若者の多くはアメリカのリーダーシップが、アメリカ本国や世界にとって価値があるとは考えていないのです。
こういう視点は、ナイから聞こえてくることはなかった。ナイが言及しないことでいえば、ブルマーは、エドワード・スノーデンにも言及していて、アメリカ政府が、ドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことで、メルケルは激怒し、結果、「アメリカの外交政策に対するドイツの援助体制が大きく崩れてしまった」と指摘している。
インタビュアー(対談相手?)の御立尚資は、
ある意味では、中国は第二次大戦前の私たちと同じ轍を踏むかもしれません。この心配がなくなれば、日中関係はもっと友好的なものに向かっていくのですが。
と、いかにもな日本人の心配を投げかけている。それに対してブルマーは、「さらに厳しい状況」に言及している。が、それは軍事的な問題というより、中国は人口、経済、資源などの深刻な国内問題に直面していくことになるのに、「日本経済は、ますます中国の安定に依存するようになる」ことを挙げている。どうやらブルマーは、軍事より経済を重視しているように見えるが、それがはっきりするのは、「相互確証経済破壊」という概念だ。
米ソ対立の際には、核攻撃は相互に壊滅的な破壊をもたらすことは目に見えているから、それゆえに応酬しあう可能性が低くなる「相互確証破壊」という概念が生まれた。「相互確証経済破壊」は、それを経済概念で応用して言っていることになる。「どちらの側にしても。自ら痛手を被らずに相手に打撃を与えることは難しくなる」とうことだ。
そういう視点からみれば、台湾についても、
自主独立の精神を謳う野党・民主進歩党は、2015年後半の台湾総統選挙戦で返り咲きを果せそうですが、だからといって、それを機に米中が台湾をめぐって対立する可能性は低いのです。
ことになる。「中国の脅威」言説が、妖怪のように徘徊しているなかで、ブレマーの議論は冷静に見える。
日本に対する観方も新鮮なところがあった。
日本では、一連の経済政策である「アベノミクス」のさじ加減が難しく、さらには変動するアジアにおける自国の役割が不透明なために、国民は積極的な安全保障政策を支持したがりません。
国際政治の論者は、国民の声を無視するか、現実を知らないと揶揄するかで議論を進めがちだが、そこに権利を与えていることが新鮮に思えるし、この観方が当たっているかどうかはともかく、共感できる。
他にもあった。2013年に比べて、日本の地政学的状況は改善されている。ブレマーが言うのは次の三点で、
1.安倍首相が歴史と戦争を語る際、「被害者感情を傷つける発言を控えるようになった」こと。
2.中国指導部が国の改革政策に自信を深めている。近年の東アジアにおける一連の対立後に日本が対中投資を減らした事態が、中国経済と他国への評判に不必要なダメージをもたらしたことに気づいたこと。
3.インドが領土をめぐって中国のライバルになりつつあり、それが「中国の日本に対する敵対心」を弱めるように作用すること。
これまで読んできた論者は、安倍外交礼賛に走りがちなので、ここにも国民視点が生きていることに新鮮さを感じる。日本に対するアドバイスもある。
歴史を経て、日本は軍隊を持たない国になりました。これは平和主義な文化です。日本はその文化を大切に守ってきました。日本政府にアドバイスするのは非常に難しいことですが、あえて言わせてもらえば、国家安全保障問題にこだわりすぎないことが必要だと思います。
安倍首相の政治生命は、政権が国内経済を再生させられるか否かにかかっています。首相は自らの支持率を下げる覚悟で、改革の名の下に、一部の有力な国内産業と労働団体の特権にメスを入れるべきです。米中の競争が激化して対立に発展しかねない世界で、日本がアメリカの重要な同盟国だという事実をうまく利用することです。中国の台頭が、アメリカの同盟国としての日本の価値を、イギリス、ドイツ、イスラエル、サウジアラビアの価値以上に高めてくれるのです。
今の日本の軍備拡張には自ずと限界があります。もとより日本の安全保障は、軍事力より経済に頼るところがはるかに大きいでしょう。軍事力に頼る道を選べば、最大の危険が伴い、最少の見返りしか得られません。
他のアジア諸国と通商や安全保障上の関係を深めれば、中国やアメリカが日本を犠牲にしてアジアを支配しようとする事態を確実に防ぐことができるのです。
二つ目などほとんど賛成だ。もっと突っ込んで聞いてほしいところもあるが、御立はその役を果たしていないのが歯がゆかった。が、とても新鮮で、ぼくには受け入れやすい議論だった。