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Channel: 与論島クオリア
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夢の中の霊魂

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 身体から霊魂が離れるマブイ抜けは、夢うつつの状態で覚醒時に起こるものだが、南太平洋に目を向けると、「夢」もこの現象の大きな根拠になったことが分かる。

事例1.ハーヴェイ諸島のマンガイア(ポリネシア)。霊魂は生時にも一時的に身体を離れることがあり、夢は一時的な霊魂の離脱によって説明され、重要事は夢によって決せられる。くしゃみは一時的に離脱した霊魂が帰来したしるしであるとされる。(P.395)

 夢のなかで人は現実世界とは遊離した世界を遊行するし、人の会ったりもする。その経験が、夢を霊魂離脱の現象と見なしたのだ。霊魂が睡眠中身体を飛び出して歩き回る(マレー半島のメンリ族)という観念も夢を根拠に置いたものに違いない。これは他人が見ても分かる合い図があって、霊魂が身体を抜け出している時はいびきをかく(オーストラリアのウルンジェリ族)であったり、目覚める時に帰ってきたり(ニューギニア東部の小島群のタミ族)するとされている。マンガイアにおいて、覚醒時のくしゃみが霊魂の帰来だとするのは、琉球弧では逆の考えになる。たとえば、与論島ではくしゃみをすると近くにいる者はすかさず「クスコレバナ(糞食らえ鼻)」と呪言を投げかけるが、これはマブイ(霊魂)抜けを避けるためなのだ。フレイザーの『初版 金枝篇〈上〉』によると、インドのヒンドゥー教徒たちは、「だれかが人前で欠伸をすれば、つねに親指をパチリとならす。こうすれば、魂が開いた口から出てゆくのを防げる」という似た仕草が見られる。それにしても、鼾といいくくしゃみといい欠伸といい、ありふれた日常の振る舞いのなかに霊魂の所作を見る視線のなんと細やかなことか。

 しかし、夢の意味はそれだけにとどまらない。

事例2.ナランガ族(オーストラリア)。睡眠中、人間の霊魂は身体を離れ、他人の霊魂や死者と交通しうると考えている。(P.47)

事例3.クルナイ族(オーストラリア)。人間の霊魂をyamboと呼び、睡眠中、身体をはなれうるとする。霊魂は天に昇って父母を見ることもできる。霊魂が睡眠中、外出しうる根拠は、睡眠中遠方に行き、遠方の人々を見、また死者を見、これと語ることができることにある。(P.47)

事例4.ボトジョバルク族(オーストラリア)。人間の霊魂は生存中も身体を離れうるとするが、死後は友人の睡眠中に訪れて、友人を守護することができるとする(P.47)

事例5.ダントルカストー諸島中部のドブ島人(ニューギニア)。死者の霊魂のとる形態として重要なのは、夢に見られる像である。睡眠中霊魂は外に出る。Bwebweso(死者の山)を訪問した睡眠者の霊魂は、そこでDokanikani banana を食べてはならぬ。これを食べたものは、もはやこの世に帰ることができない(P.283)

事例6.グルティチュ・マラ族(オーストラリア)。死せる父や祖父達の死霊は、時おり夢で男の後継者に現われ、病気に対する呪歌を教えたり、呪力を伝えたりする(P.47)

 霊魂は夢のなかで身体を離脱するというだけでなく、死者とも出会う。これが、死者の霊魂、死霊の存在の大きな根拠になったのに違いない。このことが深く信じられているところでは、オーストラリアのグルティチュ・マラ族のように、死霊は夢のなかで「呪歌を教えたり、呪力を伝えたり」することができる。トロブリアンド諸島でも、妊娠した女性に誰の霊魂の再生であるかを告げるのも夢の中の死霊だった。現在では、夢は精神分析の世界で無意識を探るものになっているが、野生の思考では、夢は覚醒の続き、もうひとつの現実だったのだ。だから、告げ知らせる力を持つことができる。ニューギニアのタミ族では、「人が死ぬと長い霊魂は、死体を離れて遠方の友人に死去を知らせる」とされるが、これも夢の中で行うことだと考えられるが、同じ観念は琉球弧にも見出すことができる。

 霊の遊離、必ずしも死又は仮死の状態とはならない場合も少なくなかった。その顕著な例は、夢に現れる人の姿をその人の霊魂と思い思い込むことである。その人が若し遠方にいる近親者でもあると、それを不の吉前兆として気に病むばかりか、度重なれば、イミガマラシャなどと称して、祈祷師(ユタ)を招いて祈祷させなねば気が休まらなかった。(柏常秋『沖永良部島民俗誌(1954年)』)

 ここまで来ると、夢を何らかの吉凶と結びつける感覚は、現在にも生きているのが分かってくる。これはもともと夢を現実の続きと見なした野生の思考に由来しているのだ。

 「影」は霊魂の存在に、「夢」は身体からの霊魂の離脱と死者の霊魂の存在に根拠を与えたのだ。死霊が夢に現れるのであれば、死霊は存在する。死霊が存在し夢に現れるのであれば、死霊の居場所があるのでなければならない。人間が他界の観念を生みだしたひとつの経路は、こうした思考の積み重ねがあったのに違いない。


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