大著の序文だけ取り上げるのは著者に申し訳ないが、現状の自分の知見が及ぶ範囲ということでそうさせてもらう。
ぼくにとってありがたかった記述はここだ。
オセアニアにおける秘密結社、階梯制結社の研究は、マリノフスキーのトロブリアンドに関する研究が公表される頃から影を潜めることになる。トロブリアンドはそれらの存在する地域ではなかったことがこの場合の大きな要因ではあるが、マリノフスキーの研究を最後として、基本的には、人類学的関心の対象はオセアニアからアフリカへと移行していった点も見逃すことは出きない。
マリノフスキーの著書をいくら当たってもトロブリアンドの秘密結社の記事に行き当たらない理由が分かって助かった。
これが助けになるのは、再生原理のあるところでは、秘密結社は発達せず、つまりそこでの成人儀礼も発達しないのではないかと考えてきたからだ。トロブリアンドを根拠に、そう仮説してみると、琉球弧のアカマタ・クロマタの成人儀礼で、死への接近が希薄で、死と再生の通過儀礼が本格的には問われていないことに視点をもたらしてくれる。つまり、これは逆に琉球弧での再生原理の痕跡を示しているものだと捉えることができる。
成人儀礼における象徴的な死と再生の過程は、再生原理の解体過程の現象であり、再生を、生の内部に取り込んだものと見なすわけだ。
またそうだとすると、象徴的な死と再生を経る成人儀礼のあるところでは、生と死は、「移行」の段階に入っていると見なすことができる。