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『珊瑚礁の思考』書評(酒井正子)

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 4月9日の沖縄タイムスに『珊瑚礁の思考』の書評が掲載された。照れくさいので放っておいたが、再掲することにした。厚かましいことだが、無名の書き手はこうするより知ってもらう手立てがないので、ご容赦ください。

 いちばん嬉しいのは、やはり表題の「「琉球弧が生んだ」という箇所だった。


 「琉球弧が生んだ文化論」

 前著『奄美自立論』は「奄美四百年の失語」を語る話題作であった。翻って本書で喜山荘一は、文字以前の、自然と一体であった琉球弧の豊かな精神世界を再構築すべく、広く南太平洋の神話・歴史・地理・人類学等の成果を渉猟する。「文字以前」というと発展段階的な編年主義にとらわれがちだが、喜山は島尾敏雄の「ヤポネシア論」、吉本隆明の「南島論」、レヴィ=ストロースの「野生の思考」等に依拠しつつ、独自の発想を展開する。詩的言語でつづられるその思索の軌跡をたどるように味読したいものだ。本書は「Ⅰ円環する生と死」「Ⅱ『あの世』の発生と『霊魂』の成立」「Ⅲ生と死の分離を超えて」の3部からなる。

 喜山によれば、原初の「野生の思考」には大きく「霊力思考」と「霊魂思考」があり、両者がさまざまな文様をおりなす。Ⅰでは、自然の流動的なエネルギーを身体で象徴的に感受する「霊力思考」を、Ⅱでは現象を秩序だて概念化する「霊魂思考」を、Ⅲでは珊瑚礁の形成と漁撈が定住を可能にし、生と死を往還する世界観や来訪神、御嶽の常住神の観念が生み出されたと論ずる。

 Ⅰでとりあげるのは死と再生、化身、食人、トーテミズム、兄妹始祖神話など。死して後も生まれ変わる再生の観念は南太平洋の島々に色濃く、そこでは手厚い祖先崇拝はみられない。一見琉球弧とは相反するようだが、その痕跡はある。奄美の「マブリ別シ」で「家中の者は大笑い」し厳粛さを欠く態度に、「あの世とこの世は近接し、気軽に行き来できる」という感覚を見いだす。

 最も刺激的だったのはⅡである。風葬墓・他界・霊魂・呪詞の発生等が綿密に考察される。遊動から定住へ、遺体を生活空間の外に出し、境界・墓地・他界の観念が成立してゆく過程が興味深い。さらに解剖学、精神病理学まえ援用しつつ、グローバル資本主義を生きる現代人にとって示唆的な自然論が展開される。「霊力思考」が今なお活発な琉球弧から生み出された優れた思想・比較文化論であり、本書の影響は多方面に及ぶだろう。(酒井正子・川村学園女子大学名誉教授)


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