迷路にはまってしまいそうだが、徳之島刺青の尺骨頭部文様にもう少しこだわってみる。
分からないのは、右手の尺骨頭部が、トーテムを表しているのか霊魂なのか、ということだ。
「蝶」だとしたら、左右の分布が異なるのは、はじめは〔1〕だったものがトーテムの意味が失われるにつれ〔4〕のタイプに置き換えられていったと考えることになる。
これが妥当性を持つのは、〔1〕の右手が「蝶」に見えなくもないこと、そして〔4〕左が、手首内側の「蝶」文様の三角形から組み立てられているように見えることだ。
一方、矛盾するのは、琉球弧全域で手の甲はトーテムを表しているのに、徳之島の場合、「蝶」系文様がもっとも多く、霊魂が描かれてることになってしまうことだ。
三宅宗悦は「南島婦人の入墨」で、ドイツの鉄十字に似た文様を「米の花」、「その外部に入れられた正方形の線を桝形」と聞き取りしている。三宅が図解で挙げているのは、
これに類する文様だが、ここには正方形はないので、言及しているのは、下図の文様のことだと思える。
そうだとしたら、「花」も「枡」も「貝」に行きつき、トーテムを示していることになる。これまでのところ、針突き(刺青)についての名称は、原義と矛盾していなかった。この聞き取りもそうだとしたら、トーテムと解するのが妥当だということになる。
こう解した場合の隘路は、あれだけ重視されている尺骨頭部の左右の意味が、徳之島でのみ失われていることになることだ。これを例外と見なさないとしたら、宮古島も場合も、両方トーテムと見なす考え方も出てくる。
どう理解すればいいだろうか。
視野を尺骨頭部だけではなく、手首内側を含めてみる。ここに至るとバリエーションがあるのがはっきりする。まず、手首内側の文様がある島と欠如している島だ。そして文様がある場合も、トーテム表現(貝)と霊魂表現(蝶)に分かれている。
もっとも思考の内容が分かる与論島では、左が「後生の門」で右が「月」と呼ばれた。これは、左が貝かつニライカナイの入口であり、右が貝の生み出す月を意味している。宮古島の「ウマレバン」は「太陽」だと考えられる。こうしてみると、手首内側に関する限り、意味は幅がある。そうだとしたら、尺骨頭部のみ一義的に捉える必要はないのかもしれない。
すると、徳之島の場合、尺骨頭部は左右ともトーテム、あるいは、「貝」とそれが生み出す「太陽」として刺青された。〔4〕の場合は、貝の形象を離れて、両方とも「太陽(月)」と見なされる。しかし同時に、〔1〕右が蝶に似ており、〔4〕左も「蝶」からデザインを採取しているように「蝶」も意識されている。
また、これは特異な考え方ではなく、指の背は「蝶」の部品を使って「蛇」を表現しているのは、宮古島以外に共通している。
宮古島の場合、これすべてトーテムだということになる。しかし、宮古、八重山が苧麻(ブー)を経由して霊魂を捉えていて、それが宮古島が「点と線」に執着した理由であり、霊魂表現が見られないわけではない理由になる。
徳之島では、手首が一体として捉えられ、尺骨頭部はトーテム、その内側は霊魂として「蝶」を表現した。そして、尺骨頭部の左右でトーテムと霊魂を表現した場合、手首内側は優先度が落ちて文様が欠如する場合も出てきた。
徳之島と宮古島で共通するのは、徳之島は三角文様を用いることで、宮古島は「点と線」を用いることで、霊魂表現が投影されていることだ。
ここでの結論は下表になる。
これをトーテムと霊魂の表現分布としてみると、下記の5類型が得られる。
ここまできて琉球弧に共通するのは、左手尺骨頭部がトーテムの座であったということに集約される。これは、沖永良部島で、ここが「アマム骨」と呼ばれて、骨との関連が示唆されていることと共鳴する。骨は再生に関わる部位だからだ。
この5類型はほんとはこれだけではなかったろう。全島(シマ)からデザインが採取されなかったのが惜しまれる。