『未開社会の思惟』
レヴィ・ブリュルは『未開社会の思惟』の末尾近くで、クリュイトの説を引いている。個々の精霊がすべての生物、すべてのもの(動物、植物、玉石、星、武器、道具等)の中に住み、それに命を与えていたとする段階と、その以前に来るも一つの段階、そこでは個別化がまだ行われず、生物や器物の中に働き、それらに命を与えるのは一種の瀰散的な力で、どこにでも纏まりあらゆるものに浸み込めるものとされている段階である。...
View Article『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』
『ド・カモ』ではニューカレドニアについて詳細な報告がなされているので、本書に当たる前に、棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』の整理を踏まえておきたい。 ニューカレドニア本島北のベレプ諸島。 他界 ・霊魂は死によて滅びず、若干期間は存続する。...
View Articleマルセル・モースの『贈与論』
引用だけは頻繁に見てきたマルセル・モースの『増与論』を読んだ。多くの引用が物語るとおり、マオリのインフォーマントが伝えたハウの説明が、この論の核心に控えていると思えた。 ハウ(hau)についてお話ししましょう・・・。ハウというのは吹く風のことではありません。まったく違います。あなたが、ある特定の品物(タオンガ...
View Article『脳の発見―脳の中の小宇宙』
角田忠信は、聴覚と脳の働きを調べるうちに面白い発見をした(『脳の発見―脳の中の小宇宙』)。母音について日本人は左半球優位で受容しているのに対し、西欧人では右半球優位で受容していることだ。タやチなど、子音+母音は左半球で聞いていることには変わりはない。 どうしてこういう差異が生まれるのか。...
View Article『何度でも言う がんとは決して闘うな』
一年ほど前から、母が癌を患っている。そうなる前から、母は近藤誠の読者だったのだけれど、見舞いや説明を受けに何度か病院へ行くなかで感じるところがあって、ぼくも読み始めることになった。...
View Article「心の中のトーテミスム」
レヴィ・ストロースは、『今日のトーテミスム』のなかで、トーテミズム理解の先駆者のひとりとしてルソーを挙げている。人間は、まず、自分がすべての同類(その中には、ルソーがはっきり言っているように、動物もいれねばならない)と同一であると感ずるから、そののちに、自分を区別し、これら同類を相互に区別する能力、つまり種の多様性を社会的文化の概念的支柱とする能力を獲得することになるのだ。...
View Article死の円環、移行、分離、終結
初期の霊力思考では、生と死は、ひとつながりに「円環」している。死んでも、ふたたび再生する。死穢の欠如。 初期の霊魂思考では、生と死はつながっている。死は、肉体の消滅だが、生は別の形に「移行」する。生者と死者は混在している。生者の空間は死者の空間に隣接している。時間性としての他界。...
View Article『シャマニズム:アルタイ系諸民族の世界像』
北方アジアの神観念と葬法、シャーマニズムの相互関連を確かめたくて、ウノ・ハルヴァの『シャマニズム』を読んだ。 十三世紀の旅行家によって、「ただ一つの神」と記されたものが、高神を指すらしいことは次の記述にも明らかだ。...
View Article出産と排泄
中沢新一の『森のバロック』のなかで、子供と排泄を結びつける思考に出会うことができた。 便所の神も出産に関係が深く、箒神と便所の神とを結び合わせた信仰がある。島根県隠地郡五ケ村久見では、出産の時に箒の神とセンチ(便所)の神が集まって産をさせてくれるという。埼玉県入間川では、便所の箒を産神として十一月十九日に祀るそうである。(大藤ゆき『児やらい』)...
View Article類感呪術と感染呪術の南太平洋例
類感呪術。類似は類似を生む、あるいは結果はその原因に依る。 感染呪術。かつてたがいに接していたものは、物理的な接触のやんだ後までも、なお空間を隔てて相互的作用を継続する。(『金枝篇〈第1〉』) 類感呪術は、呪術の隠喩的な行使。感染呪術は、呪術の換喩的な行使。 目下の関心にしたがって、南太平洋の例を中心に挙げていく。 類感呪術の例。...
View Article再生信仰崩壊としての海上はるかなニライカナイ
棚瀬襄爾は、西方の他界を日没と関連づけて考察していた。ぼくたちは、霊魂思考と霊力思考が混融した時、地下から西方(水平)への転化が可能なのは、どちらも人間の身体の高さからの世界視線と普遍視線の行使の範囲で可能だからだと考えてきた。地下という異界を、水平に転化すれば、水平線の向こう側が異界になる。...
View Articleオオゲツ姫とハイヌウェレ
吉本隆明は、『共同幻想論』のなかで、イザナミの死後譚と豊玉姫の子の生譚とがおパターンが同じで、人間の死と生が、共同幻想の表象として同一視されていると書いている。 これは、死が生からの移行であると捉える霊魂思考に対応している。...
View Article他界・死穢・複葬・霊魂
『ド・カモ』の著者モーリス・レーナルトが言うように、死体と神とが観念の上で分離されていない段階では、死は生からの単なる移行にすぎない。したがって、バイニング族が言うように、死者はいたるところにいることになる。また、この時は死者は恐れられないから、トロブリアンド諸島のように、農耕による定着後であっても環状集落の中央に埋葬地が置かれる。これが、死が時間性としてしか疎外されていないことの内実だ。...
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