60.「沖縄本島の墓制」
第五部、「琉球墓制の成立」。第一章、「墓制の諸現象」。「はじめに」、「沖縄本島の墓制」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 おそらく他の群島の墓制は、この沖縄本島の墓制を軸にして展開し、かつ変貌していったとみられる(p.435)。...
View Article61.「宮古諸島の墓制」
「宮古諸島の墓制」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 親所(うやどころ)、元(むと)は墓を指す。ミヤカーという石積み、もしくは巨石で覆うた墓がある。とくに巨石墓といわれるものの規模は、他島では類をみないほどの豪壮な構え(p.457)。 「墓地はやたらに人に教えるものではない」という言葉も残っている。...
View Article62.「沖永良部島の墓制」
「沖永良部島の墓制」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 明治元年の「神仏分離令」による廃物毀釈。明治四年、死者の届け出制。明治五年、自葬の禁止。明治十一年、葬儀は神官の手で行うこと。明治十年、喪屋の禁止と埋葬指示(p.464)。...
View Article63.「奄美大島小湊の墓制」
「奄美大島小湊の墓制」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 モヤ(平地につくられた共同墓)。・墓の管理は親族によってではなく、講集団によって行われた。・庚申(かねさる)と墓制は、本来は直接関係はなかった。...
View Article64.「墓制の起源」
第二章、「墓制の起源」。第一節、「名称にみる墓の形態」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。奄美諸島・パカ、トーロ、ムヤ、ハヤ、テラ、ウブ、ギシ沖縄本島・パカ、ハラ、シンジュ、ツカジュ、モー、ガマ、グシュ、トーシ宮古諸島・パカ、モト、ツカジュ、ミヤカー、ガマ八重山諸島・パカ、ヌーヤ、シー、イシヤー、フ(ホ)カヤー(p.482)...
View Article65.「琉球墓制の性格」
「琉球墓制の性格」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 墓制の順序。 洞窟墓 散骨 石積墓(亀甲墓) 石塔 破風墓 琉球列島の葬制の沿革をみるときに、両墓制の成立は困難であり、複葬制の成立すらも歴史的には新しい風習と考えている(p.497)。...
View Article66.「位牌祭祀の現状」
第六部、「屋内祭祀の構造」。第一章、「位牌祭祀の構造」。第一節、「位牌祭祀の現状」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 世継ぎは長子に限っていなかった。久米島では末子継続は近年まで続いていた。生産基盤が弱いところでは、分家を促進させるだけの力がない。そのため家内に祀られる位牌も兄弟重牌になる。...
View Article67.琉球弧の「位牌祭祀」
ここは節をまたいで各島の「位牌祭祀」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)を見ていく。 沖縄本島 十五世紀には旧家で祀られていた、しかし上流社会でも一般的ではなかった。首里、那覇の政治、文化の中心地で定着するのは十七世紀(p.518)。 その波及の仕方はかなり強制によるものではあったが、しかしそれでもなお徹底できなかった(p.520)。 宮古諸島...
View Article68.「クバの葉と位牌」
「クバの葉と位牌」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 大和と琉球が袂を分つ以前は、クバの葉に抱く感情は共通していたであろうこと、クバの葉の信仰を携えて、民族は北上したのではないか、というのが柳田國男の描いた構想(「海南小記」にて)(p.531)。...
View Article『殯の森』
奄美大島を舞台にした『2つ目の窓』で、河瀨直美監督に関心を持ち、作品歴に『殯の森』とあったので、観てみた。なにしろ、「殯」をめぐるテーマにこのところ親しんでいる。...
View Article69.「位牌祭祀の成立」
「位牌祭祀の成立」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 名門一族においてすらも十七世紀以前には位牌は必須のものでなかった(p.535)。 常民の社会では位牌祭祀は負担だった。・死霊を恐れる感情が強かった。・家屋の構造に、仏壇や神棚を設けるゆとりはなかった。 琉球的な色合い。幼児のためには位牌はつくらない。...
View Article71.「火の神と主婦権」
「火の神と主婦権」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 婚姻に際して拝まれる火の神は嫁方のみで、聟方の火の神は拝まれない。聟入婚の婚姻制によるもの(p.549)。 つまり、「火の神」は、母系制のうえに成立したということか。いや、火の神が母系制の上で、家に定着したと言うべきか。 火の神が軸になって回転する家の神は、司祭者である主婦がその対象である(p.549)。...
View Article72.「位牌以前」
「位牌以前」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 火の神は、代々にわたって継承されなければならない性質のもの(p.551)。 死によって火の神が取りかえられるということは「代をかえる」という言葉や、死者の家では火を一度消してつけ直すという風習(宮城島)に見られるように、死によって穢れたものの一時的な排除と、次に予期される新しい生の獲得への祈願が込められている(p.552)。...
View Article73.「死の呪術師」
第七部、「琉球社会における死の構造」。第一章、「死の呪術師」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 神事についてはノロ、ツカサがいる。私的な祈願をする職能者にユタがいる(p.559)。ユタに対する取り締まりは、1475年の記録がみられる(「中山世譜」)。「ユタ狩り」は昭和初期まで続けられた。...
View Article74.「聖地巡拝」
第二章、「祖先信仰の成立」。第一、二節、「はじめに」、「聖地巡拝」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 日本民俗学での使いわけ。 先祖。血縁を辿った古い死者。 祖霊。きわめて抽象的な先祖の霊魂。屋敷神や田の神など。...
View Article75.「正月十六日の墓祭り」
「正月十六日の墓祭り」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 正月十六日は、もともと中国の信仰から発したものであろう。(中略)。琉球では唐栄の流れを汲む人たちか、大陸に学んだ琉球の学者たちが、墓制をはじめとして各種の先祖崇拝の信仰を普及させたことは想像に難くない(p.585)。 常民社会における先祖崇拝の時代の上限は、おそらく幕末の頃だろうと考えている(p.585)。...
View Article76.「祖霊信仰の成立要素」
「祖霊信仰の成立要素」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 死者を記録するいっさいのものがなく、むしろそれを忌避しようとする気配さえみられる状況の中で、死者の延長にある系譜上の祖先を祀るということに、どれほどの可能性があったのだろうか(p.588)。...
View Article77.「葬地の聖地化について」
「葬地の聖地化について」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 お嶽(うたき)に祀られている人骨やその伝承からみると、そこに浮かび上がってくるのは開祖、英雄、夫婦、兄妹などというのが祭神の共通した性格(p.598)。 奄美は、琉球の文化圏でありながら、お嶽の名は消えて、イベ、ウブなどと呼ばれているが、沖縄のお嶽信仰の古い姿を彷彿とさせるものがある(p.600)。...
View Article78.「再生と不死」
「再生と不死」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。 野ざらし。複葬制の第一段階ではなく、当初から放置されたもの。 ムンとマブイの二つの霊魂の処方によって死は完成していく。 ムンの除去(モノ追い)、そしてマブイの引き離し(マブイ別し)。 この二つが伝統的な琉球葬制。 「最初から肉体はマブイの包装物にすぎなかったのである」(p.607)。...
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