「アフリカの霊魂観」(坂井信三)
オセアニアを注視しているので、坂井信三による「アフリカの霊魂観」は新鮮だ。 西アフリカの伝統文化の代表例とみなされるドゴン族。 ドゴンの人々はこの不毛な砂岩の台地と断崖で、狭い谷間にたまったわずかの土地を大切に集めて畑にし、トウジンビエやアフリカ稲などを栽培してきた。...
View Article鰐と割れ目太鼓
後藤明の「オセアニア海洋民の魂の器としてのカヌー」から、関心に引き寄せてメモしておく。 セピック川のイアトゥムル族は、原初の海から鰐が島を作ったと考えている。セピック川に浮かぶ草のようなイメージの島について、「陸は創造神である鰐の背中に乗っていると信じられている」。「カヌーの舳先に象られた鰐の表象は、その背中に乗っている村や人間を象徴する」。...
View Article池田末利の「魂・魄考」
池田末利の「魂・魄考-思想の起源と発展-」(『中国古代宗教史研究―制度と思想』)に依って、中国古代の霊魂観を見てみる。 人死すればその精神(魂)は天に昇り、その形骸(魄)は地に帰するとの信念は上代中国人の間に一般的であったと考えられる(旧字体は新字体にした-引用者。以下同様)。 中国では、古代から天界が存在している。...
View Article「「霊性」の起源と折口信夫の霊魂観」(安藤礼二)
安藤礼二によれば、鈴木大拙は、「霊性」とは「精神と物質の二元的な対立を止揚して、そこに一元的な領野を開く、直覚の力」である。「光に満ちあふれ、森羅万象がそこから生み出されてくる、時間と空間の根源」、その光景を見るための力が「霊性」である。 主客という区別を廃棄し、現在・過去・未来という時間秩序を超え、さらには無限の空間にまで広がり出て、あらゆるものに変身の可能性を与える。 この象徴が「光」である。...
View Article『「物言う魚」たち―鰻・蛇の南島神話』
柳田國男の「物言ふ魚」から採った後藤明の『「物言う魚」たち』。ゆっくり味わって読むべき内容だけれど、余裕がないので、著者には申し訳ないけれど、琉球弧の精神の考古学に引き寄せてメモしておく。 まず、南太平洋の神話、民話から「蛇」と「鰐」に与えられている性格について、後藤の言うところを整理すると下記の図が得られる。...
View Articleアマム(ヤドカリ)の位相
ぼくはこれまで、琉球弧にヤドカリ(アマム)のトーテムを認め、その前段を蛇と考えてきた(cf.「脱皮論 メモ」)。では、「蛇」に対する「ヤドカリ」の位置づけをどう考えたらいいだろう。...
View Article蛇の位相
琉球弧における「蛇」の位相について、谷川健一の『蛇―不死と再生の民俗』をテキストに辿っていく。古代の思考を見たいので、龍にまつわるものは割愛する。 谷川が書いているものを、系列ごとに再編集し、メモを加えることにする。...
View Article入墨と霊魂
後藤明は、『南島の神話』のなかで、マオリ族の入墨起源神話を紹介している。 登場人物や文脈に分からないところがあるが、大事だと思える箇所を列記すると、 ・マタオラの所に冥界の人が訪ねてくる ・マタオラは最初、戸惑うが、冥界では生の食料しか食べないので、それでもてなす ・一行は食べた後、踊りを披露 ・マタオラは一行のなかの一人の女性が惚れて結婚...
View Article『島嶼経済とコモンズ』
松島泰勝の「島嶼経済とコモンズ-島嶼の平和と発展を目指して-」(『島嶼経済とコモンズ』)を理解するには、サブシステンス、レント、コモンズという三つのキーワードを理解すればいい。別言すると、この三つの言葉に躓かなければ、身近なことが語られているのが分かる。 サブシステンス (subsistence)...
View Article『琉球共和社会憲法の潜勢力』
川満信一の「琉球共和社会憲法C私試案」は、ユートピア理念と近代的感性とアジア的道徳観のアマルガムだ。「国家の廃絶」がユートピア理念であり、散見する「自由」という言葉に近代的感性が見られ、「慈悲の戒律」というように、「戒」がアジア的道徳観を示している。なかでも、アジア的道徳観が全体を覆っている。...
View Articleワイルア・注
マーシャル・サーリンズは『石器時代の経済学』のなかで、エルスドン・ベストがワイルアについて説明した文章を引いている。エルスドン・ベストは、マルセル・モースが彼の贈与論の根拠においたハウについて、マオリの賢者から聞いたその人であり、ワイルアとはマオリ族の霊魂概念に当たっている。...
View Article殉死・食人・添い寝
後藤明は、『南島の神話』のなかで、フィジーやニューヘブリデス諸島での殉死について触れている。 ニューヘブリデス諸島では、添い寝をした男女の骨が十一対も一緒に発掘された。これは本当に殉死の風習があったことを示すものである(p.112)。 棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』では、埋葬に際しての財物の滅却の記述はあったが、殉死については書かれていなかったように思う。...
View Article『南島文学発生論』再読、シニグ考
ウンジャミをシュクの到来に対する予祝祭だと考えたのは、『南島文学発生論』の谷川健一だった。 そして、同時に行われる猪取りの模倣については、谷川は後代のものだと位置づけている。この安田のウンジャミ祭の猪取りは国頭でさかんな猪狩の光景を模倣した儀式である。それとても、もとをたどれば鼠や猪のような農民の外敵を海の彼方に送る行事の変容にほかならない。...
View Article「琉球の宗教」、移行としての生と死
折口信夫の「琉球の宗教」。海岸或は、島の村々では、其村から離れた海上の小島をば、神の居る処として遥拝する。最有名なのは、島尻シマジリに於ける久高クダカ島、国頭クニガミに於ける今帰仁ナキジンのおとほしであるが、此類は、数へきれない程ある。私は此形が、おとほしの最古いものであらうと考へる(p.44)。...
View Article琉球弧の作物起源神話の濃度
丸山顕徳は、『沖縄民間説話の研究』のなかで津堅島の蛇退治の説話と祭儀を紹介している。後藤明が『「物言う魚」たち』で要約しているので、それを引用する。...
View Article『ハワイ・南太平洋の神話』
後藤明の考察は、『「物言う魚」たち』で味わっているので、『ハワイ・南太平洋の神話』については、新たな気づきをメモしておきたい。1.仮面メンドンと瓜二つの仮面来訪神は、女護島の神話を持つ、メラネシアのニューブリテン島一帯でみられる。ここメラネシアは仮面来訪神と秘密結社の宝庫である(p.9)。...
View Article『戦場ぬ止み』
「戦場ぬ止み」(いくさばぬとぅどぅみ)。戦場に止めを、という意味だ。現在の琉歌から採られているとはいえ、大和言葉を琉球語読みしているので、二重に分かりにくい。けれど、その分だけこの言葉が呪言(クチ)のように響いてくるし、それで当たっているのだと思う。...
View Article『オール沖縄 VS. ヤマト ―政治指導者10人の証言』
ちょっと挑発的なタイトルに見えるかもしれないが、沖縄の「政治指導者」10人にインタビューしたもので、そこから沖縄の民意のありかを探っていこうとするモチーフで書かれている。著者、山田文比古の見識をさしはさもうとしない誠実さが感じられる、とてもいい本だ。...
View Article