「AC・よそもの・私とあなた - 「見捨てられ」感覚をめぐって」(熊田一雄)
熊田一雄によれば、アダルトチルドレンは「自分の生きづらさが親との関係に起因すると自覚する人たち」と広く定義されている。(「AC・よそもの・私とあなた - 「見捨てられ」感覚をめぐって」愛知学院大学文学部紀要 No.46 2016) しかし、ACは概念が拡張されすぎていて専門家からは批判も多い。にもかかわらずのAC概念の流行は、「この概念の accoutability...
View Article『アダルト・チルドレンと癒し』(西尾和美)
セラピストである著者と患者とのやりとりから、セラピストの働きかけの部分を抜き書きしてみる。 「こういう現象がある人は、とても大きく心が傷つけられる出来事にあってしまった人であることが多いの。あなたの場合はどうなの?」 「なにか耐えられないことがあったんでしょう。ゆっくりでいいから言葉にしてください。」...
View Article『子どもを生きればおとなになれる』(クラウディア ブラック)
著者のクラウディア・ブラックは、アダルト・チャイルド(AC)概念の生みの親だとされている。 見捨てられ感を味わった子供は、自己否定感が強いため犠牲者のパターンになりやすい。...
View Article『アダルト・チャイルドが人生を変えていく本』
境界が混乱していると、「自分の境界が侵されていることに気づかないだけでなく、他人の境界を侵していることにも気づきにくい」。すると、「誰かに支配されたり、誰かを支配しようとする不健康な関係にはまりやすい」。...
View Article加計呂麻島阿多地
ここでは、加計呂麻島の阿多地にフォーカスして書いてみたい。 登山修は奄美での産屋の痕跡を、ヒジャマ(火玉)の伝承に見ている(「ヒジャマグヤ(火玉小屋)と産屋」)。阿多地で引かているのは、...
View Articleイヤンヤ洞窟遺跡(奄美大島土浜)
笠利のイヤンヤ洞窟には、「1975年頃までは洞窟内が風葬墓として利用されており、その名残の人骨などがかなり散乱していた」(「イヤンヤ洞窟遺跡」)。 ここのことは、茂野幽考も、死者はここを通って「あの世」へ行くと信じられていると書いていた(「奄美大島葬制史料」)。...
View Article「技法の10原則」(『自己心理学の臨床と技法』)
翻訳文のためか、『自己心理学の臨床と技法』の「技法の10原則」がかみ砕きにくかったのだが、安村直己の解説で受け取りやすくなった。 まず、「安全な雰囲気と共感的な受けとめ(1)」。これは理解できる。「共感的な知覚様式を系統的に適用すること(2)」。こちらは、共感的な受けとめをし続けることだと解しておきたい。...
View Article「境界紀行(五)宮古島・後編 たましいの行方をさがして」(谷川ゆに)
旅人は二度、島に出会う。一度目は、まれびととして経験したことのない歓待を受けて感激し、喜んで二度目の訪問を果すも、まれびとではなくなった旅人に島の歓待は薄れ、旅人は失望する。これは出会いの定型だと言ってもいい。 しかし、谷川ゆにの島との出会いはこれとは全く違っている。予備知識なしで島に飛び込んだ宮古島での滞在早々に、谷川は、「本当の意味で「島に入る」のは、そう容易ではない」と実感するのだ。...
View Article胞衣としてのティラ山(徳之島徳和瀬)
子が母親に、「赤子はどこから生まれてくるの?」と聞けば、徳之島の徳和瀬ではこう答えたと、松山光秀は書いている。「それはね、朝早くティラ山のそばを通って水汲み(泉へ)に行きよったら、ティラ山の大きな松の木の二股のところに何か変なものがかかっているので近よっていって取り上げて見たら赤子だったのさ。早速水も汲まないで赤子を抱いて帰って来たんだよ。」...
View Article「自己体験の視点」(『共感と自己愛の心理臨床』)
フロイトは、精神分析療法の自由連想のなかで、「過去の外傷的的体験が想起されることが、症状の消失をもたらすことを発見したとされている」。 しかしここはこう言い直すべきだと安村は書いている。むしろ、過去を想起したその瞬間に、患者の「主観的な体験の座」が、これまでとは異なる新しい視座へと移動し、何らかの自己意識の質的な変容が起こることで治療的な体験が生じていることが考えられるのである。...
View Article「臨床場面における治療的相互交流の共同構築」『共感と自己愛の心理臨床』
安村直己によれば、伝統的な精神分析理論の脱構築と再構成が進められている。それは、これまでの「治療者中心、解釈中心、理論中心」だった治療から、「クライエント中心、関係性中心、体験中心」への変化と言えるかもしれない。 コフートは「治療者は患者にもっと共感し、患者の主観的世界に入り込んで、患者の主観的枠組みを理解するといった「共感的聞き取り empathic...
View Article徳之島井之川メモ
井之川(イノカワ)は、島の呼び名は「イノー」。つまり礁池由来の名だ。集落の性格は「井之川根性(イノークンジョウ)」。 井之川は、「シギョロジマ」とも呼ばれる。「寒村、つまり、北向きに立地しているために北風を直接受けるために北風を受ける構造になっている」。 三本の川尻には、井之川湊が開けている。湊の両側には広大な干瀬。 集落は、サド(佐渡)、イホ(伊宝)、ホウシマ(宝島)。...
View Article「【文化】という観点から浮かび上がる、アダルト・チルドレンたちの苦痛の本質 (藤本美貴)」
充分な紹介はできないが、藤本はアメリカではAC(アダルトチルドレン)の出所は、「機能不全家族」とされているが、日本の場合、「機能追求家族」ではないか、としている(藤本美貴「【文化】という観点から浮かび上がる、アダルト・チルドレンたちの苦痛の本質 : 役割自我・甘え・世間をキータームとして」「社会臨床雑誌」第22巻第3号」)。...
View Article徳之島徳和瀬のティラ山
松山光秀は徳和瀬のティラ山について書いている。 松山が子供のころ、ティラ山は「木の小枝一本も手折ることもできない、恐ろしくて近寄り難い神山であった」。 「守護神の宿る聖なる山」は、集落の奥から、アークントー、ティラ山、チンシ山の三層構造。チンシ山の南側の裾にイビガナシが祀られている。...
View Article「双子自己対象体験」
双子自己対象ニーズとは、「概していえば「自分が本質的に他の誰かに似ている」と体験することへのニーズ」。 この「双子自己対象体験 twinship selfobject experience」は、「最も重要で根源的な自己対象体験」であると考えられている。...
View Article「ハマオリ儀礼の基本構造と夏目踊り」(松山光秀)
もう少し徳之島の徳和瀬を手がかりにしてみる。 シマの草分けはネーマ。その北隣りには祭りの広場トネがあり、その東にはノロの住んだアガレがある。ネーマとアガレには神の道が通っていた。また両者は、イイリ(兄)とウナイ(妹)の関係にあったと言われている。そこで、ネーマとアガレは兄弟姉妹が軸をなす母系社会を構成していたと捉えることができる。...
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